●NLPラーニング |
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●NLPラーニング社について
山崎啓支は2003年よりNLP普及のための活動を開始しました。 NLPラーニング社では、NLP(神経言語プログラミング)を通して、人間を動かす無意識レベルプログラム(条件付け)の本質を理解し、実際にプログラム(条件付け)の書き換えを行います。
NLPの学習を通して、人間の葛藤や問題はプログラム(条件付け)が作り出すものであり、プログラム(条件付け)はイメージ(記憶)に過ぎないということを頭と身体で深く理解します。
特にこのプログラム(条件付け)の本質の理解と書き換えに関しての研究は、山崎啓支が徹底して追求してきたテーマで、NLPラーニング社にはこの分野に関する相当のノウハウが蓄積されており、弊社が提供するNLPの最大の特徴の一つになっています。
このように、「条件付け(プログラム)」を深く理解することを通して、その対極にある「PURITY(純粋性)」の理解に導きます。
(⇒PURITYについては可能な限りこのサイトの「私の活動の土台のページ」を合わせてご覧下さい)
NLPは脳科学、心理学などの研究がベースとなっており、理論的に頭で理解したい方等に適した学習手段です。また、プログラム(条件付け)の理解のみならずコミュニケーション技法として非常に優れており、コミュニケーション力の向上を重視されている方には強くお勧めします。
●NLPラーニングのNLPの特徴
特にNLPラーニング社では、アメリカで開発されたNLPを「縦軸(人間の本質の探究)」と「横軸(原則中心の独自の教授方法)」を通じて徹底して自己実現を目指します。
創業当初から徹底して自己実現にこだわったNLPを探求・開発し、究極の自己実現NLPを伝えるNLP教育機関として業界で独自の地位を獲得してきました。特に品質を重視し、徹底した少人数制、配慮の行き届いた場の提供、NLPの本質が理解できるよう独自の原則を中心に教えるよう工夫するなど、参加者のNLP学習の意欲・理解・実践性を最大にするべく全力を注いできました。
また、このサイトの「はじめに」のページでお伝えした通り、「教える内容」以上に「教える人間の在り方」が大切との想いから、「正直さ」「誠実さ」「健全さ」などを一貫して大切にしてきました。
これら「セミナーで大切にしている指針」「独自の教授法」「トレーナーの在り方」等は、NLPラーニング社及び私(山崎)が行う全てのセミナー・講演・書籍・講演録などに反映されています。ご興味のある方は、セミナーや講演・書籍等でそれらをご確認いただきたく思います。
⇒NLPラーニングのサイト
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●NRT
(Natural‐Returning‐Transformation)
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●NRTとは?
山崎啓支が「PURE LIVING実現」のために5年の歳月をかけて開発した新しいアプローチです。「知識」の習得ではなく「知恵(英知)」の開花を徹底して目指します。
山崎啓支の体験・想いが先にあり、それを土台に積み上げたオリジナルな体系です。
「PURITY(純粋性)の発見」と「PURITY(純粋性)の実現」による自己実現を目指します。
このサイトの「私が目指す方向」のページで、「自由」「創造性」「純粋性」を引き出しますとお伝えしましたが、その内「創造性」は直感と関係しています。
NRTは全面的にPURITYに基づく能力開発、自己実現に直結しているため、思考による論理的な脳の使い方よりも、直感的な脳の使い方を大切にする機会がしばしばございます。
よって、直感的に物事を理解するのが得意な方、あるいは、創造的な発想力を高めたい方はNRTの学習の方に興味を持たれるでしょう。
ちなみにNRTとはNatural(自然)Returning(回帰)
Transformation(変容)の頭文字をとったもので、様々な意味で自然(Natural)な自分を実現すること、PURITY(純粋性)に回帰(Returning)すること(なぜならPURITYはもともとあるものだからです)。
そして「自然(Natural)な自分を実現する」、「PURITY(純粋性)に回帰(Returning)する」という意味での「変容(Transformation)」を実現するという意味で、NRTとなります。
⇒NRT
(Natural‐Returning‐Transformation)のサイト
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●NRTとNLPラーニングの違い
●〜NLPとNRTの決定的な違い〜
ここでNLPとNRTとの決定的な違いについて申し上げておきます。
最大の違いは、NLPは望ましい自分を実現するためにプログラミングしたり、プログラ
ムを書き換えたりするのに対して、 NRTはすでに自分の中にあるプログラムを解放していくことによってシンプルな(自然な)自分に戻っていくものです。
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NLP=望ましい自分を実現するためにプログラミングしたり、プログラムを書き換えたりする。
NRT=プログラムを解放していくことによってシンプルな(自然な)自分に戻っていく
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●「プログラムの書き換え」と「プログラムの解放」の違い
ここでいう「プログラム(条件付け)の書き換え」とは、既にある「プログラム(条件付け)」を塗り替えることを意味します。
プログラムの顕著な事例は、「恐怖症」「苦手意識」「否定的な習慣」「否定的な価値観」などを指しますが、これらのプログラムは生まれつきあったものではなく、幼少期などの極端な体験によってできたイメージ(記憶)だと考えることができます。
なぜなら、「恐怖症」「苦手意識」「否定的な習慣」「否定的な価値観」は生まれつきあったものではなく、恐怖を伴った特定の体験によって、それを二度と繰り返さないよう、あるいは継続的に繰り返すよう無意識が自分自身に対してプログラミング(条件付け)したものだからです。
そして、過去のこれらの強く条件づけられた記憶が、特定の反応を繰り返しているわけですが、これらの記憶は、記憶である限り、脳の中のイメージに過ぎず現実ではないはずです。仮に脳のある部分が傷ついてしまい、記憶を失ってしまうと、同時にこれらの「恐怖症」「苦手意識」「否定的な習慣」「否定的な価値観」などのプログラムも消滅するでしょう。
これまで見てきましたように、人間は、記憶というイメージに条件付けられているのですが、裏を返して言えば、イメージを塗り替えることさえできれば、あなたを制限するプログラム(条件付け)は別のものに変わるのです。
このように、プログラム(条件付け・記憶というイメージ)を書き換えるのがNLPです。
そして、NLPは、基本的にはプログラムの書き換えを通して、先にあげたような否定的な条件付けの影響を好転させたり、セルフイメージを向上させたり、目標達成イメージを脳に焼き付けて、願望実現に役立てるのです。
実際、NLPでは頻繁にビリーフチェンジ(信念を書き換える)に関するワークを行い、否定的なビリーフ(信念)を肯定的な信念に書き換えます。
では、「プログラムの開放」とは何を意味するのか?
これは、プログラムを塗り替えるのではなく、外(はず)していくことを意味します。 プログラムの書き換えは「イメージを塗り替える」ことなのだと述べました。
例えていうと、「プログラムの書き換え」は「別の服に着替えること」を指すのに対して、「プログラムの解放」は「服を脱ぐこと」を意味します。
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プログラムの書き換え=別の服を着ること
プログラムの解放=服を脱ぐこと
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どういう意味か? まずは以下の図をご覧下さいませ。
上記図1のように、「プログラムの書き換え」は自分自身が身に着けていたくない洋服を、別の洋服に着替えることを意味します。
ここで言う洋服はセルフイメージを指します。セルフイメージとは自分自身に対して自分が「こういう自分だ」と認識し実感している自分像ということになります。
セルフイメージは実際にはイメージに過ぎないので、変えることができるのですが、それは別のイメージを身にまとうようなものなのです。
例えば、自信がある人でも、ちょっとした失敗から、自信を喪失して、自分はダメ人間だと思い込むことがあります。たった1回の失敗だけで、大きく人間の存在そのものの価値が失われることはないのですが、ダメ人間だと思い込んでしまったとすれば、それは自分自身にかぶせているイメージが変わってしまったことを意味します。
セルフイメージとは自分自身に対する思い込み(ビリーフ)のことですが、同じく、否定的な信念や価値観も思い込み(ビリーフ)の一種ですので、特定のイメージトレーニングによって変化させることができるのです。
このように、NLPは主にイメージトレーニングを通して、信念・価値観・セルフイメージを書き換えることに長けた能力開発手法と考えることができます。
NLPではある意味、あらゆるセルフイメージ、信念、価値観も身にまとうことができると考えます。
●NRT―「服を脱ぐこと」によって直接PURITY(純粋性・本質)に到達する。
では、図2をご覧下さい。 こちらは、セルフイメージそのものを脱ぐことを意味します。
ここでの変化は、図1の変化とは違います。図1の変化は、セルフイメージが変わったことを指しますが、図2では、セルフ(自己)というイメージそのものから解放された状態を指します。
先ほど「恐怖症」「苦手意識」「否定的な習慣」「否定的な価値観」などのプログラムは生まれつきあったものではない、とお伝えしました。そして、幼少期からの体験・経験の積み重ねによってできたイメージだということを申し上げました。
ということは、仮に、違う性格や価値観を持った両親に育てられたり、アメリカや中国など文化が全く違う環境で、全く異なった交友関係を持っていたとしたら、現在とは違う自分になっていたのでしょうか?
答えはある意味「その通り」です。
もし、あなたがアメリカで育っていたとすれば、英語で発想し英語で考えるあなたになっていたでしょうし、日本とは違って、意見をはっきりと主張する習慣が身についたりしたことでしょう。ご両親が熱心なクリスチャン(クリスチャンが良いとか悪いとかは私はないと思います)だったならば、キリスト教の価値観をとても大切にして、その世界観から出来事を解釈するあなたになっていたかもしれません。
つまり、現在のあなたとは違った、習慣や人格が形成されていたでしょう。 しかし、仮に日本で育っても、アメリカや中国で育っても、変わらない根本的な気質、性質があるでしょう。
二人以上の子供を育てたことのある方ならば、二人とも生まれたてのまっさらな時に、すでに性質、気質が異なっていることに気づかれたでしょう。このように、生まれつきの気質があり、それを私はPURITY(純粋性)と呼びます。
その根本的な気質、性質(PURITY)は、大人になるにつれて、「色(イメージ)」がついてくるのです。
「色(イメージ)」は、両親を含めてどんな出会いがあるかや、学校の教育方針、国の文化、地域の治安などに影響を受けます。だからこそ、親は子供がどんな子供と付き合っているかや、子供をどの学校に入れたらよいかなどを大切に思うのではないでしょうか。
つまり、生まれつき持っている気質(PURITY)を中心に、生後、体験によって条件付け(プログラム)を身に着けていくのが人間なのです。
しかし、多くの人は、根本的な性質であるPURITYとしての私(自己)ではなく、体験による条件付け(プログラム)によって身につけた後天的な私(自己)を自分自身だと実感しています。
解りやすい例をあげるとすれば、生まれつきの自己であるPURITYには価値観はありません。
例えば、「目上の人には礼儀正しくしなければならない」「男性は強くなければならない」「女性は〜でなければならない」などの価値観は生まれつきあるものではなく、国や地域の文化の影響や親の価値観によって左右されるものです。
しかし、これらの価値観を体験・経験や刷り込みによって身に着けて大切なものになってしまうと、その価値観を生きているのが自分自身であり、まるで生来持っているもののように確かなものと感じてしまうのです。
●自己同一化が作り出すセルフイメージ
このように「価値観=自分」と思い込むことを「自己同一化」といいます。
しかし、先ほど述べたように、価値観も記憶に過ぎないので、脳の障害等である記憶が消失してしまえば、その価値観を大切にしている自己ではなくなるのです。しかし、仮にそうなったとしても根本的な性質(PURITY)はそのままでしょう。
そして、「セルフイメージ」は「自己同一化」の最たるものと考えることができます。なぜなら、「セルフイメージ」は長年生きてきた記憶を自分の解釈で一般化したもので、自分自身の勝手な思い込みに過ぎないはずですが、それを自分自身だと同一化してしまっているからです。
つまり、「価値観」も「信念」も「セルフイメージ」も、あなたの過去の体験からできて固定化された記憶のことですが、その記憶が自分だと同一化しているのです。
この自己同一化は諸悪の根源になりますが、それが最大のリソース(長所)にもなります。
なぜならば、否定的な価値観やセルフイメージ=自分と自己同一化したとすれば、自己否定しながら生きていくことになるでしょうが、例えば、「私は有能だ」「私は異性にもてる」など、肯定的な価値観などに自己同一化できれば、自己肯定感を持つことができるからです。
実際、あなたが自己肯定感を持てた時や自分自身のことを好きだった時は、「肯定的なセルフイメージ=自分自身」だと自己同一化していたのではないでしょうか?
NLPは豊かな「セルフイメージ」や「価値観」に同一化するために効果的な理論と体験を提供するのです。しかも、とてもシンプルにそれを実現できますので、現実的な手法と言えます。
●脱同一化とは
NLPは、良いイメージを創り出し、それに同一化すると述べましたが、NRTではその逆のプロセスを歩みます。
それが「脱同一化」です。
これは、あるワークを体験することによって、価値観、信念、セルフイメージなどを解放していくことを意味します。なぜなら、基本的に大人の人間は、すでに、自己同一化しているから、それらを解放することは同一化を脱していくプロセスになるからです。
この「脱同一化」は簡単には表現できないのですが、「解放する」ということは記憶やセルフイメージが無くなってしまうことではないのです。当たり前のことですが、脳の中の記憶を消去することなどできません。
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「プログラム(条件付け)の解放」は記憶を消し去ることではない
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そうではなくて、それらの記憶、つまり価値観、信念、セルフイメージなどは依然としてあるのですが、それに囚われなくなる。つまり、それらに過剰に反応することなく、ゆうゆうと自由に生きることができる状態になることを意味します。
この時、私たちは始めて、本当の意味で「選択の自由」が与えられるのです。
なぜなら、もし価値観や信念などのプログラムがあるなら、その価値観や信念を肯定する出来事や人物に会った時、自動的に承認されたと感じたり、気分が高揚したりします。
逆に自分がとても大切にしている価値観などが否定されるような出来事や人物に出会った時、その価値観に同一化している自分は、まさに自分自身の存在が否定されているように感じことになるでしょう。
そして、このような反応は普通、無意識に自動的に行われます。
例えば、大事にしている「生き方」等を否定された時、不快感を感じるでしょうが、それは不快感を選択して体験するというより、自動反応でカチンとくるといった方が適切でしょう。
このように、もし自動反応で即反応しているとしたら選択の余地はないででしょう。
しかし、もし、これらの価値観等から脱同一化していたら、自由に反応を選択する余地が生まれるのです。
そして、「脱同一化」が高いレベルで実現できた時に、多くの人はとても懐かしい感覚を感じるでしょう。なぜなら、「脱同一化」できた時に現れるのが「PURITY(純粋性)」なのですが、それはもともとのあなた、本来のあなただからです。
このPURITYに、本当にあなたらしい豊かさを体験する方向性、源泉があるのです。
つまり、冒頭でお伝えしましたが、 NLPは望ましい自分を実現するためにプログラミングしたり、プログラムを書き換えたりするのに対して、NRTでは、プログラムを解放していくことによってシンプルな(自然な)自分に戻っていくのです。
どちらも、すばらしい体験をもたらしますが、どちらのプロセスも人間を理解するために大切な体験となります。
なぜなら、「本当の理解」は偏った認識ではないからです。
例えば、光を理解するためには、影との対比が必要です。 善を理解するには、悪との対比が必要です。 同じく、本当に豊かだと感じている人は、その逆である苦しみを深く知っている人が多いのです。
私は、NLPを通して「プログラム(条件付け)」を深く理解できたからこそ、「解放」という現象の全貌を理解できたといっても過言ではなりません。
NLPとNRTは人間を理解するための両極に関する学びだととらえていますが、それはコインの表裏だと考えています。
つまり、表を深く理解することによって結局は裏の理解も深まる。
逆に、裏を深く理解することによって表を深く理解することになる。
私も、NLPを通して、主にプログラム(条件付け)を通して、人間がいかにプログラムされた機械に例えることが可能なのかを学んだと同時に、人間がいかに機械とは違った、人間らしい存在なのか(なりうるのか)という可能性に深く気づいたのです。
もし、NLPとNRT、あるいはそのどちらかを学びたいと思っている方がいらしたとすれば、 両方学ぶ必要はないと思います。
なぜなら、コインの表裏の関係になるので、どちらを中心に学ばれたとしても、別のもう片方を理解することになるからです。
ですから、ご自分にとって相応しい方を極められることをおすすめしたいと思います。
そして、山崎啓支、ならびにNLPラーニングとNRTは、このようにコインの表裏を意識し、表裏どちらも深く理解していただけるようにご受講生に関わります。
それも、NLPラーニングのNLPとNRTの大きな特徴の一つです。
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